阪急芦屋川駅前北側の陸橋を渡り猿丸家の墓所に向かう。
名勝「摂津名所図会 由緒の墓」の石標。門の内に猿丸家の墓が有ります。猿丸安時は前々回のブログで触れましたが、江戸時代に芦屋・打出の農民が水不足で困り、
住吉川上流のから土樋割で芦屋川に水を引いたことで、住吉川の農民との激しい水争いが起こる。
是を契機に猿丸安時が約20年の歳月をかけて奥池に貯水池を作りました。
門の左側に猿丸家の石碑。お墓を見た後、芦屋川に架かる開森橋の近くの「業平さくら通り」に移動しました。
芦屋川駅付近の両岸に「業平さくら通り」という遊歩道の公園が整備され、そこに石碑等も設置されています。
阪神大水害 芦屋川決壊之地の真新しい石碑。1938年(昭和13年)阪神間を襲った大水害で、
私の父も大阪から神戸三宮の生田川周辺の水害現場に応援に行った話を聞きました。
私の生まれる2年前の出来事です。
近くに猿丸翁頌徳碑もありました。碑文は車道側を向いていて、遠くてうまくく撮れなかった。
さらに「細雪」の石碑。作家の谷崎潤一郎も芦屋に住んで居た。
ここで例会のミーティングで参加者紹介・コース説明とストレッチをして男女20名で城山に向けて出発します。
高座の滝道を登り、山芦屋公園を過ぎて道路が左に曲がる所に「左滝道」の石碑と「芦屋川水車場跡」の案内が有ります。
江戸時代後半頃から住吉川や芦屋側などの谷で酒米などの精米をしていたようです。芦屋川にも水車谷のバス停もあります。
さらに登り城山への分岐に「旭塚古墳」の案内板が新しく設置されています。発掘調査のあと埋め戻されています。
「旭塚古墳」の案内板。
いよいよ山道に入り、城山に向かって登ります。
城山(262m)に到着しました。ここにはテレビの中継基地が有りアンテナが立っていて街中からもよく見えます。
城山から神戸方面を撮ります。
城山から鷹尾山に向かいます。
登山道の傍に咲くコウヤボウキの花。(少々ピンボケ)
鷹尾山(272m)に到着。
道畦の尾根道を歩き2本目の送電鉄塔があるピーク(327m)を過ぎた先の鞍部から荒地山への道と分かれて、左手の高座谷に下ります。
高座谷に下りて右岸に渡り、堰堤を越えて高座の滝に向かって下ります。途中の滝の上流の堰堤で昼食を摂ります。
高座の滝に到着してトイレ休憩をした後、車道を歩き、バス道の芦屋川に架かる開森橋を渡り、芦屋神社に向かいます。
住宅街の急な坂道を上り、少々脚に疲れが出てきました。
芦屋神社前に到着。中には入らず帰路に寄ることにして、朝日ヶ丘縄文遺跡に向かいます。
朝日ヶ丘集会所の中に遺跡出土品の展示ホールがあり、庭にはゴロゴロ岳や荒地山から芦屋市街地までの立体模型が作られていて遺跡の場所や大阪城築造時の石垣の石の採集場所などが記されています。
立体模型の説明板。見学が終わり、厳しいアップダウンの道を歩き芦屋神社に戻ります。
芦屋神社に到着して本殿に参拝します。
芦屋神社の案内板。⑧の水神社を見学します。
芦屋市内の唯一の完存する横穴式古墳の石室が水神社の社になっています。水神は芦屋川に存る弁天岩に祀られていました。
水神社の石標。
芦屋神社境内古墳の説明板。
<マップ>①猿丸家の墓所。②芦屋川決壊之地。細雪の石碑。猿丸翁頌徳碑。ミーティング・出発地。③水車場跡の説明板。④旭塚古墳の案内板。⑤芦屋神社。⑦朝日ヶ丘縄文遺跡。
この記事へのコメント
miyo
岡山実家で長く滞在してました!
まとめて拝見させて頂きましたが、山活動頑張ってますね!
私達も観音寺から奥池数日前行きました!
秋も深まりいい山日和続いてますね~!(^▽^)/
to_ryou
わたしも8日~14日まで田舎に居ててお返事が遅れ失礼しました。
また山の会の例会に行くようになりました。
近頃はブログを書く時間が掛るようなりました。
田舎もいま紅葉が綺麗です。
ご近所のご夫婦に播州清水寺の紅葉を観に連れて行ってもらいました。
アルクノ
このコースで歩いた事が無いですが、
鷹尾山から城山へ向かった記憶があり、
そのあと、どうしたのか忘れました^^;
このルートで10kmですか、かなりの距離を歩かれていますね。
芦屋神社は芦屋川駅から近いので、
この水神社へ、また行きたくなりました。
to_ryou
阪急芦屋川駅から城山・鷹尾山から高座谷へ、荒地山へと私の六甲山の
定番コースでしたが、加齢による体力減退で少々きつい歩きになりましたがなんとか歩けました。
芦屋奥池の江戸時代に造成に尽力された猿丸安時翁に興味があったので参加しました。
芦屋神社はもう少し疲れてない時に時間を掛けて見学したいと思いました。